2012年12月5日水曜日

カンボジアシルク村報告

カンボジア、シルク村に行ってきました。
シルク村にて。織り手のリーダー、コォーンさんモンさんご夫婦といっしょに!
広島でオラ、マヨ(森田・横田)の2人がシルクショールに関わらせていただき約8ヶ月。
毎日関わらせていただくシルクショールが織られる村に、ぜひ2人で訪問したいと言うのは、2人の共通の夢でもありました。

グローバルハートスペースに所属してから、今日まで 本気で関わらせていただいてきたシルクショールです。
それらが作られている村に行くことは、本当に楽しみでした。

このたびおかげさまで2人そろって、シルク村に訪問させていただくことができました。
皆様に心より感謝すると共に、これからこの体験をしっかりと生かして行きたいと思っております。

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カンボジア訪問のために、2人で少しづつ準備をはじめました。

今回の訪問の目的は、人道支援活動や発展途上国の状況を紹介し、国際協力への参加・協力推進を図ること。
ブルックレイ村を訪問し村の様子や織手の様子、作品が作られていく工程などを 実際に自分の目で見て、
心で感じて、平和や奉仕の心を学び深めることとしました。

【事前に準備したもの】
 ◆支援物資(織り手7名の家族分の支援物資/それぞれ各7セット)
  ・日本より持参の物資
    Tシャツ(大人用2・子供用男女2)・歯磨きチューブ2・歯ブラシ3・石鹸2
    ひげそり3・ブラシ3・タオル5・ノート1・鉛筆5・ボールペン3・クレヨン1 
  ・ジプロック(大)/ 50枚 パラゾール1キロ×2袋(出来上がったシルクの保管管理用)
乗継ぎ待ち8時間の間(韓国)も、準備に時間はありません。
◆現地での提示物・質問事項等
  ①日本・アメリカでの展示会の様子 写真・説明文持参
  ②日本でのシルクワーク(広島での発送準備・手もみ仕事)の様子写真・説明持参
  ③日本で使用しているシルク村・シルクショールを紹介したパンフレット持参
  ④次回の依頼見本シート(織が可能かどうかの確認にとどめる)
  ⑤作品の担当を聞く為の見本ショール
  ⑥次回の織り依頼のための見本ショール(透かしボーダー)

支援物資を石川から広島に送っていただき、広島のボランティア仲間の助けも借りて、数をチェックしたり、各家族ごとに袋に仕分けしたり、空港預け入れ荷物とする為に、計量パッキングしました。
プノンペンのホテル到着は夜中となりましたが、早速明日の物資の準備です。



全国のみなさまから石川に送っていただいている、支援物資は、少しばかりですが、村にお届けしてくることができました。

セアロのプログラムのときも思いますが、何かをするときと言うのは、いろんな下準備が必要ですし、皆様から送っていただいている物資のことから考えると、本当に事前に見えないところで色々と準備され動いているんだと言うことを実感しますね。


シルク村と呼ばれる、プレイベン州 ブレックレイ村は、カンボジア、プノンペンからフェリー、ボート等を乗りついで順調にいって2時間半で訪問できるところの小さな川沿いの村です。

カンボジアのプノンペンからシルク村への道路事情は悪く、このところの天候では
車が入らないことは聞いており、バイクの手配は頼んでおりましたが、
なんと前日にまたかなりの雨で、バイクさえも危険な状態となってしまいました。

バイクは無理でも、最終手段、馬車なら大丈夫だということで、急きょ『馬車』での訪問が決定しました。

馬車でも荷物をたくさん積めないことと、シートは板張りのため、割れやすい調味料・重さのあるお米の持参をとりやめました。
プノンペンのお米屋さんにて。値段品質等の視察
干し魚はこちらで購入。村では大きな魚は取れないそうです。
現地の市場にて干し魚7・乾麺7箱を調達し、持参しすることにしました。
こちらの店で乾麺を購入。ドルとリエルを電卓でたたき堂々たる交渉!KABA子さんのたくましさに惚れ惚れ。

私が初めてシルク村に訪問した5年前は乾季だったためワゴン車での訪問でしたが、それでもロデオのような状況に驚いたことをいまでもはっきりと覚えています。

今回の訪問は、それをさらに上回る過酷ともいえる訪問となりましたが、3時間以上かかって
なんとか到着できました。

5年前に初めて来た時の状況と、現在の状況は、自分自身の立ち位置が違っていることから、視点も大きく違っていることに気づきます。

村までの道のりを車で訪問できたことさえもかなり大変だったと思っていましたが、今回馬車と船を乗りついで訪問することで、それを上回る『大変さ』を味わうこととなりました。
乗り始め・・このときはまだ握力もあったし、おしりに青あざもなくゆとりが・・
馬車で訪問することで見える景色も違います。立ち往生している車、バイクの3人乗り、歩いていく人、馬車に植木をたくさん載せていく人、この場所で生きる人々・・・青い空、緑の木々、道の両脇の池に咲き乱れる蓮の花々。
しかしそんな景色を見渡せたのはほんの一瞬です。
板の座にお尻の骨を打ち付けるがごとく、ただ振り落とされて池に落ちることのないように全身の筋肉を使って必死で馬車の座席につかまっていました。
めまいがしそうな暑さの中、床と金具に必死でつかまっていました。

『道がちょっと悪い!』ことばにするとたったこれだけのことですが、日本では考えられない『悪さ』ですから。これを2・3時間も?本当に想像を超えた状況でした。

途中の橋は壊れており、人は歩き、馬車は川を渡りました。
メインの道だけあって、歩けないところはなく、修復はしっかりしてありました。
ありがたいことに、前日の大雨のため、馬車だけで村に行くのではなく、途中からはボートでも移動できることになりました。
それと、前日までの雨で、土がまだぬれており、砂ぼこリが一切なかったことも、救われました。
これで大量の砂埃をうけると、おしりだけでなく、のども大変なことになっていたと思われました。
ぬかるみをよろけながらも、川に落ちることなくボートに乗り込めました!
朝のボートは涼しく、おしりも心もホッとしました!
しかし、ボートでもアクシデントが・・・
なんとスクリューが網にかかり、途中でストップしてしまいました。

網を仕掛けた方のヘルプが来て、やっとまたボートは動き始めました。



こんなにしてまでなぜ?と言うところでしょうが、『ご縁』あってやってきているわけです。


『今』こうやってご縁のある村に来て、
この村までたどりつけたことだけひとつを考えても、どれだけの方が手をつくして、どれだけの方が関わり、どれだけの時間と労力を費やしてここまでになってきたかを思うと、めまいがしそうなくらいです。
また実際の道のりということだけではなく、セアロが村に訪問された時から、Shein Tokyoさんの何年にもわたる継続的な支援・・・そういった一つ一つの積み重ねがあってこその『今』なのだということを実感させられました。
何年にもわたってやっと、やっとここまできているのです。

この村でできた美しい1枚のシルクショールを日本のみなさんに紹介できることひとつが実は『奇跡』が重なってできることなのだと思えました。

到着後は本当に予定以上に短い滞在時間です。
タイムキーパーをしていただきながら、日本の私たちの活動の紹介。
村への質問等している間に、本当にあっという間に時間が来てしまいました。

日本での活動を写真や、通訳さんを通じてお伝えすると、本当にうれしそうに聞いてくださっていました。
日本の展示会の様子、シルクワークの様子をご紹介!
日本でも本気で紹介させていただいていることを説明。本気同士がつながりました!

時間もあまりなく、たくさん考えてきた質問の中から、厳選して質問し、丁寧に答えていただきました。
虫食い対策として、パラゾール、ジプロックの扱い方も丁寧に説明しました。

インタビューのあとは、村の方、案内人、通訳さんたちは食事されましたが、私たち3名は時間も惜しみ、村の視察です。
私たちは帰りのボートで、持参してきたお結びをたべることにしました。

村での短い滞在時間は 少しの時間も無駄にせず有効に使おうとおもいました。
お話を聞くだけでなく、この目で見たこと、感じたことも今後に生かしたいとおもい、3人は村を散策しました。

支援を続けている家族は、本当に精一杯の仕事をし、
自信もつけられて、家もしっかりと整えられており、他の家とは明らかに違っていました。
こちらは台所。家の中は本当にきれいにかたづけられていてどこもきれいでした。
支援を続けてきた家族の家。掃除も衛星面もしっかりされていました。
支援を行っていない一般の家族の家。
村の子供たちの笑顔は本当にかわいい!!


村のよろずやさん

それにしても『来れてよかった~~~!!』
というのが本当に正直な思いです。

村に来ることさえ、簡単なことではなく、いくら事前準備を万端にしてきても、
これなかったかもしれないのですから。


これからこのような形の支援活動をどのように続けていけるのか、またどのように変わっていくのかすべて未知数です。

支援を続けてきている家族の家は、村の中にあっては裕福と思えるくらいに立派におもえましたが、それでも、カンボジア、この村では日本では当たり前と思って生活していると考えられないような、生活状況は続いているわけです。

きれいな台所も、かまどですし、日本とは比べようもありません。

また、村のよろずやさんをみて、このお店にあるものよりも、私たちが日本から持参した、シャツや歯ブラシの方が品質は良いだろうな・・・と想像できました。

日本では、当たり前として生きていると、疑問に思うこともないことも、
こちらに来ることで、日本と知らず知らずに比べており、そういったことを真剣に考えされられるのです。

しかしカンボジアの村の中では物質的な豊かさはなくとも、現実に『心豊か』に暮らしている村民は、もしかしたら日本で『物質的な豊かさ』の中で暮らしている方よりも幸せであるかもしれません。

子供たちのきらきらの目は日本の子供たちの目よりも、輝いているかもしれません。

もしかしたら日本人は物質の支援をしながら、心の支援を受けているのかもわかりません。

『本当の支援とは?』

『本当の豊かさとは?』

『何の為の支援なのか?』

そういった根底を覆すような思いを再び突きつけられたまま、はっきりとした答えが出ることもなく
支援をするなんて、おこがましい・・というなんだか中途半端とも思える気持ちで終わりをむかえます。

今までも、カンボジア、スリランカ、ミャンマーとダイレクトアクションに参加させていただいたときにも、やり遂げた感はやはりなく、いつもそういった自分の価値観をかき回され、自分の無力感をいやというほど味わい
そして中途半端な気持ちのままで終わっているのです。

それでもまた、子供たちに会いたくなったり、村にまた来たいと思ったり、
必要なものを持参するということで、また参加したくなるのです。

家で母の在宅介護をしていても、思うこと。
すべてはさせていただいているのだということです。
こちらが一方的にということなんて、どんなことであっても、何一つなく、
本当に縁あってかかわらせていただき、させていただくことはあっても、することよりもいただいていることのほうが多いのだと思います。

それはどこにいても、何をしてもきっと同じなのだろうと思います。

『支援をする。』
という言葉のなかで、それをさせていただけることが、どれほどありがたく、しかしそれ以上にいただくことのほうがどれだけ多いことか、知らない間に、逆に『支援されている』ことにも気づかせていただく旅となりました。

また、この村に対しては、長い年月をともにあゆんできた友たちが築いてきた経過がすでにあり、『支援』というよりも、すでに『協働』という形になってきているのだと思えました。

さて今回は・・・過酷な村訪問の後、船では熱中症。その後は風邪をひき、こじらせて、帰国までの時間、そして帰国後も仲間たち、家族たちにも大迷惑をかけまくりの旅でした。

今後は50才過ぎた肉体も、もう少しいたわりながら進もうと思っています。

そしてこれからも、『奇跡のシルクショール』を手に
しっかりとご紹介を続けていこうと思います。