2017年11月5日日曜日

福山市熊野町にて展示会開催 <森田>

本日は福山市熊野町の文化祭にて、展示会を開催しました。

『くまの元気会』のブースにて、アジアのアイテムや活動を紹介いただきました。


この町はお年寄りが皆さん元気で、バザーや発表などもお年寄りの参加者が多く、
またアジアの支援アイテムを見ていただいたり、バザーに立つスタッフ方も多くがお年寄りです。

アクリルたわしもお年寄りが作ってくださり、売上をご寄付いただきました。

年金暮らしの方も多いので、寄付はたくさんできないとはおっしゃいますが、
アジアの様子や、支援の事などは、興味もある方が多いと思いました。

アジアの青年たちが来日した時に、このような地道に一生懸命生きてこられ、年を重ねても尚生涯現役で頑張っておられる日本のお年寄りの方々と交流のできる場が持てるような機会を、提供できたらと強く思いました。

2017年3月28日火曜日

福山市のイベントにて展示会<森田>

昨日は、福山市熊野町まちづくり推進委員会の主催で、一条山わくわく祭りin熊野町が常國寺にて開催されました。
主催の会長さん ごあいさつ
 昨年から始まった熊野町あげてのお祭りです。
主催の熊野町まちづくり推進委員会長さんと、公民館長さんより出店のお誘いをいただき、アイテムの展示と、活動紹介をさせていただきました。

手洗いの屋根下をお借りしてアイテムを展示させていただきました。

おひとりお一人に、シルクショールや、ミャンマーの縫製アイテムを通じて、カンボジアのこと、ミャンマーのことなど、アジアでの活動の話をさせていただき、いままで遠い国とおもっていたけど、話がきけてよかったと言って下さる方もありました。







また、今回は『くまの元気会』さんが、白ごはんを、地元スーパー『クローバー』さんが豚汁を出店されましたので、くまの園で作ったお米と、里芋を提供させていただきました。



自画自賛ですが、豚汁と白ごはんの相性は抜群で
シンプルですが、本当においしかったです!!

白ごはんのブースで大活躍の『くまの元気会』の看板娘さん
 白ごはんは、『ヒノヒカリ』と『恋の予感』2銘柄の詰め合わせにして
食べ比べていただきました。

会場では、音楽演奏、地元の小学生のはね踊り、神楽など
老若男女、町民の方々が大勢参加して盛り上げられました。

福山市の職員さんたち音楽団の演奏

熊野小学校の生徒さん達のはね踊り地元のお年寄りに習うそうです。

福山市に伝わる伝統芸能『いのこ神楽』
 お蔭さまで、白ごはんは早くに完売されたようです。

あと2人分で完売!お疲れさまでした~~♪

ミャンマーティーの試飲していただきながら、ミャンマーの田舎のお話をさせていただきましたが、お茶も初めて口にされる方も多く、
最初は「ほんの一口だけでいいですよ。」といわれた方も、「以外においしいわね~!」としっかり飲んでいただけたりしました。

文化祭にくまさんが何度か出店しているので、
「かっぽう着もってるよ~!」とか声をかけて下さる方もあり
一歩づつの継続が大事だなと実感しました。

2017年3月12日日曜日

福山市熊野町地元スーパーにて展示会  <森田>

昨日は、GHS福山拠点のある福山市熊野町で唯一のスーパー
ふれあい広場クローバーにて『つながり市&音楽会』のイベントを開催し、GHSの活動紹介と展示会を開催させていただきました。




スーパー『クローバー』は数年前に、JAが営業をやめられて、何年か閉まっていました。
過疎化の進む高齢化地域であり、買い物難民のお年寄りが困られたために、平均年齢67歳というお年寄りたちがボランティアで再生したお店です。

そういうわけで買物の中心はお年寄りがほとんどで、


運営は、現在も60代~80代のボランティアでされています。


昨年の12月、GHSの展示会の依頼のために、運営の方たちにお話をさせていただいたところ、展示会どころか、レジの方が3名も引退されてスタッフ不足で困っている状況だということでした。
ということで、森田ことオラは、週2回半日ほどレジのお手伝いをさせていただくことになりました。

スーパーの中に入ればこそで、地元が抱えているいろいろな問題や、私がここでできることがさらに具体的に見えてきました。

高齢化、過疎化、休耕田の問題、野菜の廃棄、一人用の総菜が必要・・・

それはこれからの日本が通る道でもあるとおもわれます。
都会の人口は増えても、田舎はどんどん人が少なくなってきています。

ここ福山で、みんなが元気で笑顔につながるように。
小さなことから、何か自分にできることからやっていこう!

そういう思いから、昨年12月にアジア福山地方創生プロジェクト『くまの元気会』を立ち上げ、1月より始動開始しました。

福山の地方創生だけでなく、名前のアジアというのを頭にいれたのは、
発展途上国の田舎の地方創生も意識したからです。

2月にミャンマーの田舎を訪問しましたが、
今では日本にない、日本の原風景のような懐かしい場所。
現代のストレス社会で生きている日本人が置き忘れてしまった『何か』がこのミャンマーには残っていると感じました。

言葉にするとうまく言えませんが、
日本の若い人たち、お年寄りたちがここミャンマーにこられたらいいな・・・そうおもいました。

アジアのやる気のある青年たちを招へいして、
福山で一緒に交流できる場を持ったり、逆に日本からミャンマーの田舎にお年寄りや若者と一緒に行くことを夢見ています。

私がカンボジアに行ったことで、人生の転機になったというか、
大きく価値観がかわったように、日本での便利な生活があたりまえで生活している若者は、きっと大きく影響を受けると思います。

前置きがえらく長くなってしまいましたが、
クローバーに関わったり、来られたりしている方々が
元気になることをやろうと決めて、つながり市&音楽会を開催させていただくことになったわけです。

はじめはひとりで小さく展示会だけでもとおもっていましたが・・・

友人の音楽家たちが演奏を。
クローバーの男性方が焼き鳥を。


ご近所の元気会の立ち上げから関わってくださっている2家族の皆さんがカレーライスを前日から集会所で仕込み。

倉敷の拠点の仲間がコロッケを作り、クローバーの女性方が
公民館を借りて朝から揚げてくださり。

フリマで関わった方が、コーヒーとチーズケーキを手作り参加。

ブログを通じて知り合った方がスイーツデコで参加。

『つながり市』というネーミングの通り、ひとり、またひとりと
つながりが広がって・・・

お蔭さまで盛況に終わることができました。
GHSのアイテムをお小遣いで協力くださった小学生。
GHSの活動報告も、プロジェクターでなんとかみなさんに報告させていただくことができました。
(パワーポイントが使えず、ウィンドウズについている新しいソフトをつかったので、前日夜中まで映像を四苦八苦しながら編集しました!)

音楽会は、用意した25席を超えて、立ち見して下さる方もありました。

今後くまの元気会と、GHSと、どのように関わりながらやっていこうか、まだまだ試行錯誤ですが、できることからどんどんやっていこうとおもいます。

『くまの元気会』は今は任意団体ですが、
ゆくゆくは農業法人にする予定です。

こちらもどうぞ応援してやってくださいませ。
くまの元気会HP

2017年2月19日日曜日

カンボジア&ミャンマーに行ってきました<森田>

カンボジア&ミャンマーに行ってきました。

昨年末に、今までカンボジアでお世話になっていたカンボジア王国の
王族であられるSamdach Sisowath Chivan Monirak殿下がお亡くなりになられました。
NGO Hope of Cambodia(代表H.H Kanthireth Sisowath妃殿下)の顧問役として、私たちのカンボジアでのあらゆる活動に尽力くださっており、なくてはならない存在でした。
大変お世話になっていました。

このたび、ご縁のあった日本の方々と一緒にカンボジアに弔問し、妃殿下と共にパゴダにての法要に参列させていただき、翌日は妃殿下をお招きしたプリンスを偲ぶ会に参加させていただきました。

心からのご冥福をお祈りします。

日本からは支援物資を持参し、NGO Hope of Cambodiaへお渡しする物資を、皆さんと一緒にホテルにて仕分け整理しました。

歯ブラシ・タオルなどの支援物資の仕分け整理中!
その後はミャンマーに移動し、1日はチャイティオ訪問。
翌日は日本で活躍中のウィンさんの村でもある、ココナツオイルの村に寄らせていただきました。

ウィンさんのお父様が村長さんとなって村を引っ張って行っておられます。

村に到着後に、食事をごちそうになりましたが、とれたての野菜や魚などを、お母さんたちが丁寧に料理されており、何よりものおもてなしを受けました。
アジアでは、食べられないものが結構あるのですが、おもてなしの心でつくられた料理は、日本人のことを考えて作られたのでしょう。
辛すぎず、どれもすばらしくおいしかったです。
原種のとうもろこし(日本では改良されて、種がとれないらしい)のおいしいこと。
皆で収穫しました。
みなさんと収穫してそれをすぐにゆでてくださり、食事の後もまたしっかりといただきました。

今回の旅で、この村の方たちから、私たち日本人の方こそ学ばせていただくことが多いと思いました。
広大なトウモロコシ畑と、トウガラシ畑
村の方たち(お父様)は支援はいらないとおっしゃいます。
自分たちの生活に誇りをもって、凛とくらしておられます。

本当の『豊かさ』とは何かを考えるきっかけをくださいました。

1年に一度くらい、洪水にみまわれ、2mくらいの水につかるような場所であり、
生活も決して楽ではないとは思われますが、村の人々はとても『豊か』にくらしておられます。

逆に、近代的なものにあふれた日本の生活の方が『豊か』とは思えません。
心の豊かさこそが、本当の豊かなのだと思います。

形の上では、経済的なことでの支援をさせていただくという事になりますが、決して支援ではなく、共働でお互いに学びあうということなのだと思います。
日本人が忘れてしまった『何か』を彼らはしっかりと持っているのです。

一つ一つの畑仕事はどれも丁寧で、美しく、自然のものを使って対応されており、
関心しました。
強い日差しよけのために、麻の木をトウモロコシの皮で覆って日陰をつくられています!

旧トイレ
とはいえ、日本人が訪問して困るのはトイレです。

スケルトン(外からはみえませんが、中からはそとが見えます)のトイレだけだったのですが、
日本人が困らないように、コンクリートで立派なトイレを作ってくださっています。
新トイレ
トイレと、全部の家屋の値段が同じくらいらしく、びっくりしました。
日本人が大勢で訪問することが決まったことで、おもてなしの心でトイレを準備して迎えてくださったのです。

私たちのできること、日本の皆さまからのトイレへの寄付を集めさせていただきお渡しさせていただきました。

今後は、福山の田畑を通じて村の方たちと何かができるのではないかと思っています。
微生物活性酵素マイエンザを使った、さらにおいしい野菜も協働でつくれるかもしれません。

日本では使わなくなった廃棄する農機具も、まだ使える部品が多くあってもったいないと
ミャンマーの研修生タッパーさんが昨年言っていました。
そういうものを福山で集めると、こちらで役にたつかもしれません。
日本の過疎地域のお年寄りの笑顔と、ミャンマーの村の皆さんの笑顔が重なっていきます。いろんな可能性を夢見て、私の妄想はさらに加速していくのでした(笑)

そうそう、昨年の夏に倉敷の拠点に滞在して活躍していただいた村の大工さんが、
私を覚えていてくださり、このたび奥さまを紹介してくださいました。
昨年、倉敷にてミャンマーの皆さんの為に食事を作らせていただきましたが、今回は奥様が料理を作ってくださいました。小さなつながりを感じて、とてもうれしい再会でした。
この村との今後の行く先の関わりが、たのしみでなりません。